観音崎公園

浦賀駅から鴨居港へ

観音崎は三浦半島の東端にあり、県立観音崎公園や観音埼灯台などのほか、江戸時代後期に築かれた砲台や弾薬庫跡などもあります。観音崎公園には、花の広場やアスレチックの森などもあり、大人も子供も楽しめる公園になっています。

観音崎公園の最寄り駅は京急浦賀駅です。浦賀駅から観音崎行きのバスがありますが、お天気のいい日は歩いたほうが気持ちいいでしょう。浦賀駅から浦賀港の東側を歩いて、鴨居港を目指します。

浦賀港は細長く入り込んでいて、対岸はすぐ目の前に見えますが、橋がありません。そのせいでしょう、しばらく歩くと「浦賀の渡し」という渡船場がありました。

浦賀の渡し。


1733年の「東浦賀明細長」には、「渡船を修復する場合は周辺の村も東西浦賀村と応分の協力をすること」と書かれていたそうなので、かなり古くからあったようです。現在の御座舟風のデザインになったのは、1998年からだそうです。

御座舟風の渡し舟。


「浦賀の渡し」のすぐ先に、東叶神社があります。裏山は明神山と呼ばれ、豊富な種類の木々がよく保全されていて、神奈川県の天然記念物に指定されているそうです。

東叶神社。対岸には、西叶神社もあって、両方のお守りを買うと、ご利益倍増とか。


海沿いの「かもめ団地」を抜けると、鴨居港に出ます。港の前には、「鴨鶴」という、たこの釜飯で有名な店があます。

鴨居港


鴨居港から海沿いに観音崎へ

鴨居港から観音崎大橋を渡って、海沿いに観音崎自然博物館を目指します。博物館の手前にウッドデッキの休憩所があり、一休みできます。

休憩所。奥に見えるのが自然博物館。


自然博物館の隣の展望園地には、28センチ榴弾砲の模型が置いてありました。今から約120年前に造られた大砲の模型で、砲弾の直径は28センチ、長さは75センチでした。当時の日本では、外国の軍艦から守るために、主要な海岸にはこのような大砲を備えていたそうです。

28センチ榴弾砲の木製模型。できれば金属で作って欲しかった。


自然博物館の先の道路が2つに分かれていて、右側のトンネルを通ると海沿いの道に出ます。

右のトンネルをくぐると、海沿いの道に出る。


海沿いの道。右手のフェンス内は、防衛省の管理地で立ち入り禁止。


観音崎レストハウス前の海岸。夏は海水浴客で賑わう。


観音崎灯台や公園は、山の上にあります。しばらくはきつい坂道を上ります。

山の登り口。ほかにも沢山経路がある。


観音崎灯台は、1868年(明治元年)に建てられた、日本最古の灯台です。英仏米蘭との改税約定に、灯台の設置が義務付けられていました。最初は、菜種油、落花生油なども燃料に使われたそうです。現在の灯台は、大正4年完成の3代目です。

観音崎灯台。


砲台跡。東京湾防衛のために重点的に造ったのかか、あちこちで見かけた。


短いトンネルの先にある砲台跡。この上に海の見晴らし台がある。


海の見晴らし台。若いカップルを時々見かける。


短いトンネルを引き返して、しばらく歩くと第2次世界大戦で犠牲となった戦没船員の慰霊碑があります。大きな石碑には、「安らかにねむれ わが友よ 波静かなれ とこしえに」と刻まれています。

海を見下ろす場所に設置された石碑。


慰霊碑にあるブロンズ像。


近くには、進徳丸の錨が置いてありました。進徳丸は、1925年に竣工し、1963年に引退しました。その後神戸高等商船学校の練習船として使われましたが、阪神淡路大震災で破損し、解体されました。

進徳丸の錨。かなり大きい。


海の子とりで


花の広場はなだらかな傾斜のある広場で、幾つかの大きな花壇が並んでいます。

花の広場


花の広場には四季折々の花が咲いている。


森のロッジ。


アスレチックの森。


観音崎公園を降りたところに、横須賀美術館があります。駅などから遠い立地条件のため、滞在型の施設としてレストランや建物自体が充実しているそうです。塩害を防ぐためにガラスで包まれていて、優雅な外観です。


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